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第28回 立教大学 仁平選手2009年01月28日
第28回独占インタビューは立教大学の仁平選手です。
高校時代、斉藤投手配する早実に唯一土をつけた投手として、また大学も斉藤投手(早稲田大学)と同じリーグの六大学に進んだことから斉藤のライバルとして注目されている投手です
高校時代
【取材こぼれ話】
バッティングは好きだったのでバッティングも野手と全く同じメニューをこなしていましたね。最後の夏は打率450くらい、HRも1本打ちました。
スタッフ(以下「ス」) まず、日大鶴ヶ丘高校に入学したきっかけは?
仁平選手(以下「仁」) 中学時代はショートやっていました。それで、ピッチャーをやりたくて、いくつか学校を見学させていただきました。寮が嫌だったので、家から通える距離で、グランドが学校の近くにあって、野球もそこそこという条件があって、(日大鶴ヶ丘の)監督さんからも、ピッチャーをやったらいいんじゃないかという話をもらって、一般の推薦で高校に入ったって感じですね。
ス では、中学時代は野手だったのですね。
仁 はい、野手です。
ス 中学時代は硬式?軟式?
仁 硬式です。中野シニアでやっていました。
ス なるほど。高校から初めてピッチャーとしてプレーされてみたわけですけど、いきなり中学から未経験のポジションをされたのですがどうでしたか?
仁 練習が180度、違うので、体もついていかないし、中学の時と違い練習が毎日あることで体力的にしんどかったですね。
ス 体力面で中学とのギャップを感じたわけですね?
仁 そうですね。こんなに(練習を)やるんだ!というのはありました。
ス いつごろから高校に慣れてきましたか?
仁 1ヶ月ぐらいはかかりました。4月の終わりになって、1軍に連れて行ってもらえるようになってからはだいぶ慣れたかなって感じですね。
ス 凄いですね。入学して1ヶ月ないうちに?
仁 中学生という形で3月から練習に参加していたので、1ヶ月ちょっとぐらいで慣れてきたという感じですかね。
ス 数多い部員のなかで、1年から1軍というわけだったんですが、なにか特別アピールしたとかは?
仁 アピールとかは特にしてないんですけど、監督が目をつけてくれて。
ス 練習試合等を通じて経験を積んで、いつごろから日大鶴ヶ丘の主戦に?
仁 1年生の秋、3年生が抜けた頃から先発でほぼ全試合投げるようになりました。
ス ちなみに、2年時は春の大会は都大泉に、夏の大会は都昭和 に敗戦していますね。
仁 正直、試合に入る前は大丈夫でしょうみたいな感じでしたが、それがいけなかったと思います。実力はほぼ同じぐらいだったのですが、こっちが勝手に甘く見ていたって感じですね。
ス 逆にそういう経験が最上級生になった時に活きてきたのでは?
仁 そうですね、それはあります。
ス 最上級生になって、春は早実 に勝ち、夏はその早実 に負けてしまうわけですけれども。
仁 いい思い出ではないですけどね。一番印象に残っているっていうか、忘れちゃいけない試合ですよね。
ス 具体的にはどういうようなところが?
仁 流れとしても良くはなかったですよね。シーソーゲームみたいな形で、獲ったら獲られていました。前の試合も延長という形だったので、そこはまあしょうがないとしても、最終回に同点で斉藤を討ち取って、2アウト満塁になった時に、1-1になったんですよ。そのときキャッチャーが最初、インコースを投げるという選択をしてきたのですが、(打者に)当てたらそこで試合終了じゃないですか。それで正直びびってしまい、それを外に変えたんですよ。そこで、(球が)高く入ってライト前に抜かれちゃったんで、そこでしっかり自分達の思った球が投げられていればなあって気持ちがすごい強くありますね。
ス ベストの選択を採れなかったのですね。そういうのが今にも活きている?
仁 そうですね。直感を大事にしたい!最初にピンときたものを大事にしたい!というのはありますね。
ス 今のトレーニングとかもそういった状況を考えてやってるんですか?
仁 そうですね。「自信をもった球を最低1つ、2つぐらいは作らないと」というのはありますね。
ス なるほど。しかし、実際に大学に入られる際には早実 が全国優勝したことは自信になったのでは?
仁 それは凄くありましたね。その前も春の都大会で 日大三と一回やって関東大会でその 日大三が優勝しています。また選抜で優勝した 横浜とも関東大会で試合できているので、全国レベルのチームを見る事ができたという意味ではすごい自信になっていますね。



